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電車通勤をしていた春花だったが、静の車で送り迎えをしてもらう日々に変わった。助手席に座ると特別感が増す。
「ふふっ」
「どうした?」
「すっごく恋人っぽくて優越感!」
「それはよかった」
運転している横顔は凛々しく、静の隣にいることが夢のように感じられる。しかも職場まで毎日送迎してくれるのだ。高志の脅威よりも静から与えられる愛が大きくて、春花は安心感でいっぱいになった。
あれ以来、高志の姿は確認していない。春花も静も店長の葉月でさえ、防犯面に関していつも以上に気をつけていたが、幸いなことに何事もなく日々が過ぎていった。
送迎時は春花が店に入るまで静が付いていく。過保護なまでの扱いに春花は最初遠慮したが、静は頑として譲らなかった。
「おはようございます」
「おはよう、山名さ……えっ!」
たまたま出勤時間が同じだった葉月と店の前でバッタリ出会い、葉月は春花の隣に立つ静の姿を見て驚きのあまり言葉を失った。
「もしかして本物の桐谷静……?」
「店長、こちらは……」
「初めまして、桐谷静です。いつも私のCDを平積みにしてくださっているそうで、ありがとうございます」
「え、いえいえ。私、ファンなんです! サインもらえますか?」
「ありがとうございます。今日は時間がないのですみません。今度お邪魔するときにたくさん書かせていただきます。じゃあ、春花。俺は行くね。また帰りに」
「うん。ありがとう」
静は春花にそっと告げ、葉月にはペコリと一礼をして去っていく。その紳士的な背中を葉月はぼーっと見送っていたが、はっと我に返って春花に詰め寄った。
「ちょっと山名さん!」
「は、はいっ」
「本物の桐谷静だった!」
「そうですね。本物です」
興奮気味の葉月はテンション高く、今あった出来事を思い返しては感嘆のため息を落とす。
そんな葉月を見て、やはり静は有名人で人気者なんだということを改めて実感し嬉しくなった。
「ところで山名さん。桐谷静と同級生って言ってたわよね?」
「はい、そうですよ」
「ふーん」
葉月はニヤニヤとした笑みを浮かべ、春花は首を傾げる。
「ただの同級生には思えないんだけど」
「いや、えっと、その……お付き合いしてて」
「そうでしょうそうでしょう。それしか考えられないわ。よかったじゃない」
葉月は春花の背中をバンバンと叩く。荒々しい葉月の励ましに、春花はほんのり頬を染めながら